2026/04/07 10:27

書道家翠美

小説×書道作品

オンラインエキシビジョン


〜毎月28日発表 7日間の限定公開〜




『創-sou-』

貴方がはじまる物語



—これは一本の桜の木の話—




そこは、

桜を観に立ち寄る人通りもある桜の木が

立ち並ぶ小さな公園の広場




毎年春になると

青い空に鳥たちが飛び交い

桜の花びらが春風に舞うような

時間が流れる。




その公園の広場を通る

新一年生の子供たちの賑やかな声が

響くような場所。




そこに今年も春が来た———





芽吹く薄紅色の花びらが

どんどんと増えていく。




そんな場所に

一本、

咲かない桜の木があった。




『昔はあんなに

花咲かせてたのにな…』




咲かない桜の木にぽつりと

話しかける人がいた。





少し立ち止まって、

〝その人“は

咲かない桜の木を見上げていた。



下校する子供たちの声が聞こえてから、

帰宅するサラリーマンたちも

薄暗くなった景色と桜の花を

ケータイで撮っていく姿も

立ち去った時。





『あの高層のタワーマンションが建ってから、

この桜の木だけ影になって、

咲けなくなったんだよな。可哀想に…』




〝その人“は仕事の帰りに

夜の公園に戻って来たのだ。




〝その人“は

その桜の木を随分と前から知っていた。




まだタワーマンションが建つ前、

〝その人“は

キャンパスと画材を持って、

空と桜の風景を描いていた。


————


公園に立ち並ぶ桜の木は

陽の光に照らされ、

そよ風に吹かれて


芽吹いた花びらたちは

枝と別れて、


風と共に

それぞれの桜の木の元を

去っていくのが見える。


人々の暮らしは

空の面積を削りながら

別の景色を創り続けている。




公園の広場で立ち尽くす

一本の咲かない桜の木は

知っていた。





空の広さと

人の心は似ていることを。




咲かない桜の木の前に

立ち止まる〝その人“を、

ずっと前から知っている。




〝その人“は、

ずっと夢を見続けていた。




けれど、

あのタワーマンションが建った頃、

〝その人“は何も持たずに

この桜の木の前に立っていた。




————




透き通る空の色。

タワーマンションのガラスに

雲の白が映る。


 

反射した光の景色の中を

一羽の鳥が横切り

咲かない桜の枝に留まった。




「君は、まだ咲かないのかい?」




鳥が咲かない桜の木に話しかける。




影になった

咲かない桜の木の枝の先には

小さく芽吹きそうな花びらが

少しあった。




桜の木の前には

バッグを握りしめて

少し大きそうに見えるスーツを

着た人が佇んでいる。




かかとのすり減った靴が

地面を踏みしめている。




「もう、あのタワーマンションが建ってどのくらいになるかな。」




と、鳥はさえずるように言った。




時が流れて、

移りゆく刹那を

教えてくれるのは景色である。


街も、人も、空さえも。




その鳥は知っていた。




—それもすべて、慣れていくんだよ—




そういうものだと、

慣れていく。



そういうものだと、

自分で決めていく。



本当は

景色が変わったのではない。


変わらないと

決めているのは

自分だ。



だけど、それは

まだ「底」じゃない。



本当の絶望の底を

まだ知らないんだよ。



その鳥は、桜の木が

咲かなくなってからも

ずっとその枝で空を見ていた。



————



夜の公園に、〝その人“は

咲かない桜の前に立ち尽くしていた。



〝その人“の肩は震えていた。



「もう疲れたんだよ、

自分じゃない誰かの人生を

生きようとすることに」



それは

本当の深い絶望だった。



〝その人“が帰っていく

後ろ姿は、

不思議と真っ直ぐで

とても静かだった。



—————



少しの時が経ち、

公園の桜の木の枝からは

ほとんど花びらが落ちていた。




その枝には、

緑の葉がついていく。



また景色が

移り変わろうとしている。



すると

会社で働く人が多い

昼下がりの時間




キャンパスと画材を持った

一人の人が

公園へ歩いてきた。



鳥のさえずる声が

いつもより大きく聴こえてくる。



その人の足取りが

いつもの場所よりも前で止まった。



桜の花びらが空から舞ってくる。



「一緒に、はじめよう。自分の人生を」



その人は

キャンパスと画材を広げて



空と、鳥と

薄紅色の花びらの桜の木と、

その後ろに建つ

タワーマンションのガラスが

放つ輝きを

キャンパスに描いていた。




次回、4月28日 新作公開


こちらで公開↓

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